« ジョリートロリーが・・・ | トップページ | ライブエンタテイメント部門の分社化と再統合 »

2009.03.17

ドリームス・ウィズインと魔法の鍵

25周年のシンボルが”魔法の鍵”だと聴いたとき、実は私、

えっ、こころに鍵をかけちゃうの?!?

って想いました(^^;
たとえば、玄関の鍵って、ロックをかけるために必要なものでしょ。
”魔法の鍵”に対して、僕は”こころの不自由さ”の象徴のような、違和感を感じていました。


でもなるほど現に、僕たちは僕たち自身の心に、鍵をかけている。
夢を羽ばたかせることをせず、無いふりさえしてしまう。
たまに扉の隙間から、ちらりと夢が表に出てきても、ひとときの幻として、忘れ去ったふりをしてしまう。

実は先ほど、”ドリームス・ウイズイン”じゃなく、”ウィズイン”だと、ようやく気付きまして(^^;
どうりでググっても、あまり感想が見当たらないはずだ・・・(^^;;;
で、あらためてググッたら、KoZさん、チーズさんの記事に出会いました。
お二人のBlogって、読むたび、いろいろ触発されます。
もやもやとしか見えてなかったものが、はっきりと言葉になってきました。



ミニーちゃんが「魔法の鍵があればいいのに」っていきなり鍵に頼るところとか
TDR航海日誌: 『ドリームス・ウィズイン』の縄跳びについての考察

ミニーは当然最初から”魔法の鍵”の正体を知っている。
姉弟自身が、こころの扉を閉ざしていることも、
どんな環境を用意すれば、姉弟が、自分自身でこころの扉を開くのか、も。
・・・そう想ってみれば、あの台詞は、深いですよぉ!


僕ならたぶん、いきなり
「自分で閉ざしてるんだから、自分で開け!」
って言っちゃうんだろうなぁ(^^;
でも、それじゃぁ駄目。そんなこと言われたって、姉弟は、扉を開けないよねぇ・・・開くってどういうことか、未体験なんだもん。
ここに”ファンタジー”の役割があります。


”魔法の鍵”をシンボルとして実体化し、
こころを開きやすい環境を用意して、ちょっとした冒険を、実体験させる。
まずは、リーダーシップをとり、
次は、自分がトラブル解決のスタートボタンを押し、
そして、生き生きした自分を表現し。

準備が出来たところで、いよいよ本番。
助け無しで解決しなきゃならない状況がやってきて、
自力で、こころの鍵をはずす。


子供を育てるときも、後輩を自立させるときも、そうなんですよね。
親が、先輩が、問題を解決してくれてると想ってるうちは、自立できない。
安全な環境を用意して、ちいさな冒険を、彼ら自身にさせる。
やがて、ひとり立ちしたとき、実は最初から、彼ら自身の中に鍵があったことに気づく。気づいてしまえば、それからはいつでも、ひとりで、扉を開けられます。


こういう切り口もあります。

私たちは、なにを”魔法の鍵”だと、思い込んでるだろう。
○○さえあれば、なんでも夢が叶うのに・・・たとえば、お金が、地位が、素敵な友人や恋人が、名声が、時間が、etc.
だって、
○○こそが、いつも、私の夢を叶えてくれる・・・


ミッキーたちにも、たぶん、まるで”魔法の鍵”そのものにみえるものがある。
それは、ミッキーとしての姿・形。
どんなに自信が無くっても、たとえシャイだったとしても、オンステージに出れば、人気アイドルさえも、駆け寄ってきてくれる。みんなが笑顔になる。疲れた家族を癒したり、揉め事を解決したりすることさえ出来る。
そうして活躍するうちに、タップダンスを踊ったり、ドラムをたたいたりさえ、出来るようになった。

そして・・・気づいたら、もはや、ミッキーの姿・形をとらなくっても、出来るようになってた。

実は、ミッキーの姿・形が、魔法の鍵だったんじゃない。
自信が無いとき、新しいことに挑戦するとき、トラブルが起きたとき、
ゲストに喜んで欲しい・・・という自分のこころがあったからこそ、一歩踏み出した。
そのこころこそが、魔法の鍵。

ということは、
おなじことが、すべての人に起きうる。ミッキーと同じ姿かたちにはなれないゲストにも。

ドリームス・ウイズインは、
ミッキーたちがこの25年間、実体験し、学んだことを、
僕たちゲストと同じ姿に変身して演じ、
”誰にでも、こんなことが起きるんだよ”と伝えてくれているショーなのかもしれません。


たとえば舞浜。なるほど、夢が叶いやすい場所です。
でも、舞浜が、ミッキーが、素敵なダンサーさんが、キャストさんが、”魔法の鍵”なのではない。
ミッキーと出会った瞬間、幸せを感じたなら、その瞬間、実は私たち自身が、自分でかけてた鍵を外し、こころの扉を開いている。
ミッキーは、扉を開きやすい環境を、用意してくれただけ。

だから、舞浜で起こせたことは、どこででも起こしうる。
鍵は、自分の内にあると知っていれば。整っていない環境で、扉を開ける勇気があれば。


でもね、私たちって、
”魔法の鍵”を、自分の外部に求めては、
手に入らないから・・・と夢をあきらめたり、
どうやってでも手に入れよう・・・と手段と目的を入れ違えたり、
鍵を失ったから・・・と自殺さえ考えたり。

身の回りで起きてる、さまざまな問題って、
もしかしたら、ほとんどすべて、ここに起因しているかも。

ケープコッドのリトルクリスマスストーリーが、 「今度は、あなたたちの番」 って、ずばっと言ってましたよね。

パークは、夢がひらきやすい環境を創ってくれる。
それはきっかけ。
そこで発見・体験したことを、実際に生かして!


というショーだから、カタルシスを創らなかったんじゃないかなぁ・・・。

投稿:BigLove| 2009年3月17日 (火) 01時46分
チーズのディズニッ記: ドリカン、ウィズインの終わり方


ディズニー・テーマパークが、
ゲストのこころに、なにを起こしているのか。
ひとの自立と成長に、どういう役割を果たそうとしてるのか。

とてもよく表現されているショーだと想います。

舞浜が、”魔法の鍵”なのではない。
”魔法の鍵”は、私たちゲストのこころの中に、はじめからある。
その鍵で、扉を開けにきてください。コツをつかんでください。
そして生まれた幸せを、生活の場でも創ってください。
その積み重ねが、社会を幸せに変えていく。
・・・そんなメッセージを、僕は感じています。

|

« ジョリートロリーが・・・ | トップページ | ライブエンタテイメント部門の分社化と再統合 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13349/44373776

この記事へのトラックバック一覧です: ドリームス・ウィズインと魔法の鍵:

« ジョリートロリーが・・・ | トップページ | ライブエンタテイメント部門の分社化と再統合 »