« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009.03.30

OLC社長交代

Re: 社長 BigLove - 2009/03/30(Mon) 23:41 No.13910


”涙が出るほどの感動”を、この2年間で、何回いただいたんだろう・・・。

平均週2日、たぶん年間100日パークに出かけてる。
最初の一年は、2回/日・・・200回。
ここ一年は、少なく観ても、5回/日・・・500回。

この700回の涙はすべて、まぎれもなく”人間の素晴らしさ”に触れたからこそ。
やってることはおんなじでも、味わいの深くなったパーク。
ありがとうございました、ヨシローさん。


舞浜の強みは、ひと。
そして弱みも、ひとだと、感じます。
これからもますます、ひと重視の経営でありますように。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.19

ライブエンタテイメント部門の分社化と再統合

TDR20周年の直前に、OLCのライブエンタテイメント運営部門が分社化され、株式会社 Eプロダクションが設立されました。
そして、25周年イベントの終わりにあたる今、再統合されるそうです。
株式会社E プロダクションの吸収合併ならびに
株式会社OLC・ライツ・エンタテインメントに関するお知らせ


どういう意図で、分社化されたのか、再統合されるのか、私はまったく知りません。
分社化されたことで、実運営がどう変わったのかも、ごくわずかしか。

でもこの5年、ひとりの観客として、ライブエンタテイメントを観てるなかで、感じた変化はありました。
ショーを使い捨てにしなくなった。
そして、地力が増した。特に、表現力が、ぐっと深くなった。

ここ一年半ほどは、どのステージを観ても、通り一遍では無いなにか、かけがえの無い個性のようなものを、ひしひしと感じます。もはや、舞浜のエンタテナーのみなさんは、誰とでも置き換えの出来る歯車じゃない。各々、そのひとならではの創造性を発揮されている。
”えっ?”ていうような音が出てくることは、希になりました。PA席のスタッフ、照明さん、進行係、我々からはちらりと観えるだけですが、生き生きと仕事をしておられる。


宝塚ファミリーランドは、もうありませんが、宝塚歌劇は今も盛況です。
ライブエンタテイメントには、それだけの力がある。

この5年間、たぶん、はっきりとした意図のもとに、戦略的に力を磨いてこられたのだと想います。
我々ゲストに観える部分でも、見えにくい部分でも。
もしかしたら、ショーの内容や実施時期も、育成戦略に合わせて組んでこられたかもしれない。

”ドリームス・ウイズイン”と、”ドリームカンパニー”は、Eプロダクションさんの集大成と呼ぶにふさわしいショーだと、僕は想います。
この5年間で培われたライブエンタテイメントの地力が、再統合で、パーク全体と連動した大きな表現に結びつくと嬉しいなぁ。一ファンとして、強く願っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.17

ドリームス・ウィズインと魔法の鍵

25周年のシンボルが”魔法の鍵”だと聴いたとき、実は私、

えっ、こころに鍵をかけちゃうの?!?

って想いました(^^;
たとえば、玄関の鍵って、ロックをかけるために必要なものでしょ。
”魔法の鍵”に対して、僕は”こころの不自由さ”の象徴のような、違和感を感じていました。


でもなるほど現に、僕たちは僕たち自身の心に、鍵をかけている。
夢を羽ばたかせることをせず、無いふりさえしてしまう。
たまに扉の隙間から、ちらりと夢が表に出てきても、ひとときの幻として、忘れ去ったふりをしてしまう。

実は先ほど、”ドリームス・ウイズイン”じゃなく、”ウィズイン”だと、ようやく気付きまして(^^;
どうりでググっても、あまり感想が見当たらないはずだ・・・(^^;;;
で、あらためてググッたら、KoZさん、チーズさんの記事に出会いました。
お二人のBlogって、読むたび、いろいろ触発されます。
もやもやとしか見えてなかったものが、はっきりと言葉になってきました。



ミニーちゃんが「魔法の鍵があればいいのに」っていきなり鍵に頼るところとか
TDR航海日誌: 『ドリームス・ウィズイン』の縄跳びについての考察

ミニーは当然最初から”魔法の鍵”の正体を知っている。
姉弟自身が、こころの扉を閉ざしていることも、
どんな環境を用意すれば、姉弟が、自分自身でこころの扉を開くのか、も。
・・・そう想ってみれば、あの台詞は、深いですよぉ!


僕ならたぶん、いきなり
「自分で閉ざしてるんだから、自分で開け!」
って言っちゃうんだろうなぁ(^^;
でも、それじゃぁ駄目。そんなこと言われたって、姉弟は、扉を開けないよねぇ・・・開くってどういうことか、未体験なんだもん。
ここに”ファンタジー”の役割があります。


”魔法の鍵”をシンボルとして実体化し、
こころを開きやすい環境を用意して、ちょっとした冒険を、実体験させる。
まずは、リーダーシップをとり、
次は、自分がトラブル解決のスタートボタンを押し、
そして、生き生きした自分を表現し。

準備が出来たところで、いよいよ本番。
助け無しで解決しなきゃならない状況がやってきて、
自力で、こころの鍵をはずす。


子供を育てるときも、後輩を自立させるときも、そうなんですよね。
親が、先輩が、問題を解決してくれてると想ってるうちは、自立できない。
安全な環境を用意して、ちいさな冒険を、彼ら自身にさせる。
やがて、ひとり立ちしたとき、実は最初から、彼ら自身の中に鍵があったことに気づく。気づいてしまえば、それからはいつでも、ひとりで、扉を開けられます。


こういう切り口もあります。

私たちは、なにを”魔法の鍵”だと、思い込んでるだろう。
○○さえあれば、なんでも夢が叶うのに・・・たとえば、お金が、地位が、素敵な友人や恋人が、名声が、時間が、etc.
だって、
○○こそが、いつも、私の夢を叶えてくれる・・・


ミッキーたちにも、たぶん、まるで”魔法の鍵”そのものにみえるものがある。
それは、ミッキーとしての姿・形。
どんなに自信が無くっても、たとえシャイだったとしても、オンステージに出れば、人気アイドルさえも、駆け寄ってきてくれる。みんなが笑顔になる。疲れた家族を癒したり、揉め事を解決したりすることさえ出来る。
そうして活躍するうちに、タップダンスを踊ったり、ドラムをたたいたりさえ、出来るようになった。

そして・・・気づいたら、もはや、ミッキーの姿・形をとらなくっても、出来るようになってた。

実は、ミッキーの姿・形が、魔法の鍵だったんじゃない。
自信が無いとき、新しいことに挑戦するとき、トラブルが起きたとき、
ゲストに喜んで欲しい・・・という自分のこころがあったからこそ、一歩踏み出した。
そのこころこそが、魔法の鍵。

ということは、
おなじことが、すべての人に起きうる。ミッキーと同じ姿かたちにはなれないゲストにも。

ドリームス・ウイズインは、
ミッキーたちがこの25年間、実体験し、学んだことを、
僕たちゲストと同じ姿に変身して演じ、
”誰にでも、こんなことが起きるんだよ”と伝えてくれているショーなのかもしれません。


たとえば舞浜。なるほど、夢が叶いやすい場所です。
でも、舞浜が、ミッキーが、素敵なダンサーさんが、キャストさんが、”魔法の鍵”なのではない。
ミッキーと出会った瞬間、幸せを感じたなら、その瞬間、実は私たち自身が、自分でかけてた鍵を外し、こころの扉を開いている。
ミッキーは、扉を開きやすい環境を、用意してくれただけ。

だから、舞浜で起こせたことは、どこででも起こしうる。
鍵は、自分の内にあると知っていれば。整っていない環境で、扉を開ける勇気があれば。


でもね、私たちって、
”魔法の鍵”を、自分の外部に求めては、
手に入らないから・・・と夢をあきらめたり、
どうやってでも手に入れよう・・・と手段と目的を入れ違えたり、
鍵を失ったから・・・と自殺さえ考えたり。

身の回りで起きてる、さまざまな問題って、
もしかしたら、ほとんどすべて、ここに起因しているかも。

ケープコッドのリトルクリスマスストーリーが、 「今度は、あなたたちの番」 って、ずばっと言ってましたよね。

パークは、夢がひらきやすい環境を創ってくれる。
それはきっかけ。
そこで発見・体験したことを、実際に生かして!


というショーだから、カタルシスを創らなかったんじゃないかなぁ・・・。

投稿:BigLove| 2009年3月17日 (火) 01時46分
チーズのディズニッ記: ドリカン、ウィズインの終わり方


ディズニー・テーマパークが、
ゲストのこころに、なにを起こしているのか。
ひとの自立と成長に、どういう役割を果たそうとしてるのか。

とてもよく表現されているショーだと想います。

舞浜が、”魔法の鍵”なのではない。
”魔法の鍵”は、私たちゲストのこころの中に、はじめからある。
その鍵で、扉を開けにきてください。コツをつかんでください。
そして生まれた幸せを、生活の場でも創ってください。
その積み重ねが、社会を幸せに変えていく。
・・・そんなメッセージを、僕は感じています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.14

ジョリートロリーが・・・

舞浜狂さん経由で知った、驚愕のニュース。


※2009年4月14日をもって運営を終了いたします。

東京ディズニーリゾート:東京ディズニーランド:ジョリートロリー


えぇっ!!!ほんとにっ!?!?!
・・・・・なぜ?あの大人気アトラクションが?!?


平日の夜遅く以外は、たいてい25-30分待ち。
乗ってる人たち、みんなにこにこ、
眺めてても実に楽しいのに・・・。


そういえば、ホースレスキャレッジ/ファイヤーエンジンも、TDLで運行されなくなって、もう久しいですね。看板はまだ残っているかと想いますが・・・。
二階建てバスも、キャッスルショーがない期間のみの運行。
スカイウェイも、廃止されてもうずいぶん経ちます。


園内の交通機関って、”生きている街”の雰囲気を演出する、重要なツールだと想います。
ディズニーシーが、まさにそう。


いや、そもそも、1955年当時のディズニーランドって、
”交通機関の変遷”を見せることそのものが、メインコンテンツだったとさえ、言えそう。
帆船・蒸気船・幌馬車・鉄道馬車・蒸気機関車・自動車・・・
なんせ、”巨大鉄道模型レイアウト”ですもんね。


でも・・・東京ディズニーランドの西半分からは消えてしまうんですね。寂しいなぁ。


かつて、ロスアンゼルス近郊には、世界最大の電鉄会社”パシフィック電鉄”がありました。
日本の私鉄に、多大な影響を与えた会社でもあります。
京浜急行の、戦前の車体色・赤は、パシフィック電鉄と同じ色だったとか。
しかし、モータリゼーションがアメリカでは急速に進み、ロスアンゼルスのディズニーランドが開園する頃、旅客運送をやめました。


ジョリートロリーは、そのパシフィック電鉄がモチーフ。

最終日の日記
廃止初日の日記

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »