DJ OZMA。そして、「ぬいぐるみに殴られたよ、えーん」親子。
どちらも、非常識。でも、はっきりと違う。
前者は、アート。
ルールやお約束を踏まえた上で、固定観念を揺さぶり、ものの観かたを拡げることを意図している。
NHKらしさって、なに?
はだかって、なに?
エロスって、どこからくるの?
家族のあり方って、どう?
・・・僕の中のめがねも、大いに揺すぶられた。
アートは、めがねを揺さぶり、新しい視点や観え方をもたらしてくれる。
どちらかというと・・・パンチートとスムースに会話していた50代の素敵なおじさまに近いと想う。
後者は、わがまま。
自分の固定観念からくる視野の狭さを、他人に押し付けている。
「ディズニーキャラクターは、いつでも俺の言うなりになって、俺に奉仕すべきだ」
今、記念撮影をしている他のゲストへの配慮はない。
お約束やルールへの配慮もない。
どちらかというと・・・NHKに抗議電話をかける人たちに近いと想う。
マーメイドラグーン元旦早朝の冷凍マグロさんたち。
これまた、自分の意識が無い間のことは、無かったことにしてシャットアウト出来る人たちなのかもなぁ。
世界に自分はなにをもたらせるか・・・が、アート。
世界が自分になにをもたらしてくれるか・・・が、わがまま。
アートは、視野を拡げてくれる。
わがままは、視野を狭めてるからこそ言える。
アートは、快も不快も、意味あるものとしてもたらす。
めがねを揺すぶられると、笑うか、凍りつくか、怒るかしちゃうもんね。
わがままは、不快を許さず、切り捨てようとする。
めがねを変えず、世界を変えようとしちゃう。
どちらも非常識。でも、
アートは、常識というめがねを変革し、
わがままは、常識というめがねを殻にする。
・・・そんな風に、言えるんじゃないかなぁ。
さて。
では、僕は、DJ OZMAのアートは好きか。
生放送時に観ておらず、YouTubeの粗い画面で観ただけなのだけれど・・・
やんちゃっぷりは好ましく想うものの、あまり好きではない。
そして。
もしこれが、ディズニーテーマパークでのパフォーマンスだったとしたら(^^;;;・・・まったく好ましくは感じないだろうなぁ。
(DJ OZMAの親友(実は同一人物らしい)、綾小路翔さんのBlogを読む限り、もしそういう機会が与えられても、彼はぜんぜん違うことをやるだろうと想うけれど)
この差はきっと、僕が、紅白歌合戦にまったく想い入れが無いからだろう。
紅白歌合戦そのものに、志を感じないからだろう。
紅白歌合戦が、世の中にたいして貴重な価値を提供できていないと感じているからだろう。
ディズニーテーマパークからは、志をひしひしと感じる。
非常識なほど清潔で、丁寧で、暖かい空間が、固定観念を揺さぶり、「めがねの歪み」に気づかせてくれる。アートだと言っていい。
だから・・・出演者の選定も、その志に沿ってなされるだろう。そして出演者も、その志に沿ったパフォーマンスを繰り拡げるだろう。
志の、有る・無し、強い・弱い、高い・低い。その差。
NHKの幹部だったか、放送担当大臣だったかは「品性の高いひとが番組を製作していれば、こんなことは起きない」といったようだけれど。品性の高さは、志の高さ・強さと言い換えることも出来そう。
志。夢。大切だよなぁ。
志が低いと、殺伐の我利我利になるんだろうな。
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