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2006.07.20

共に創る楽しみ

「お客様は神様です」・・・ならば、「神様」のように、素敵に振舞う必要があるんではなかろうか。博愛に満ちた創造主として(^^)。
「お客様はゲストです」・・・ならば、「ゲスト」らしく、その場を提供してくれているホストに敬意と感謝を現しながら、このひとときを共に過ごす人々とともに、素敵な空間を生み出す必要があるんではなかろうか。

奪う喜びよりも、与えられる喜びよりも、
共に創る喜びのほうが、圧倒的に深く大きい。
創る喜び。夢を現実にする喜び。それはもはや感情のレベルではなく、絶対的な「歓喜」の体験。

そんな「歓喜」の体験。パフォーマーとスタッフとゲストとが、各ショーの理想形を共に創り上げ、素晴らしい空間を共有する体験を、ディズニーシーはたくさん積んできました。
「エテールノ!」凄かったよねぇ。「アンコール!」最終公演を観てきた人は、暗がりの中でもはっきりわかりました。輝いていたもんね。


理想形が、最終回でようやく実現するのではなく。
しょっぱなから、「共に創り上げる」かたちになるといいなぁ。
・・・そんな夢を、ずっと観ていました。
そして5周年。どうやら夢はかなったみたい。


じゃぁ、次はなんだろう。
ライブショーの現場で、みんなが舞台のほうを向いていて、ひとつになれることは、はっきりした。
ならば。
園内は、すべてがショー。花も、店も、清掃も、アトラクションも、待ち列も、天候さえも。そこでも素敵な空間を「共に創り上げる」かたちになるといいなぁ。


園内では、たくさんのひとびとの善意に触れます。子供が生まれ、彼らと行くようになってからは特に。
素敵な空間を生み出すことに意を注いでるひとびとが、たくさん居る。キャストさんはもちろん、ゲストにもたくさん。
友人が出来、仲間が出来る。すると、ついその外側の人に、意識が届かなかったり、時には邪魔者扱いしてたりはしないだろうか・・・。そして、純粋な善意に触れ・発揮することが、少なくなっては居ないだろうか。

そして。
人生も、すべてがショー。そう言えるのかも知れません。


ライブショーの現場で起きたことは、園内どこでも起こせるはず。
園内どこでも起こせることは、人生どこでも起こせるはず。
その練習には、ライブショーの現場は、そして、園内は、最適な場。
だって、みんな「幸せを味わう」ためにくるわけだから。
(・・・ほんとは人生だって、みんな「幸せを味わう」・いや「歓喜を味わう」ために生きてるんだろうけどね!それを得てして忘れてるだけで(^^;思い出しさえすればそれだけで、ぐっと平和に近づくんだよなぁ。)

こんなことが、次の夢かなぁ・・・。


7/21追記
舞浜狂さんに、本件ととってもリンクする記事が出たのでご紹介します。
夏フェスに行かれて、こんなことを想われたそうです・・・。

リンク: 舞浜狂 - 東京ディズニーリゾートの周辺知識:2006.7.20:夏フェスで考えた舞浜 7月15日ap bank fes'06.

さてさて、思ったことというのは運営側と客側の一体感。一緒にステージを作ろうという意識の高さは素晴らしかった。小さいことで言えば明日のためにも終演後ゴミをなくそうを呼びかければホントにない、見事にない。基本的に譲り合う(というかお互い楽しめるようにうまく場所を動いたりとか)のはパークではあまり見られないものでした。新鮮でした。
ただし、ライヴステージ周辺以外の運営はちょっとありえないことも多かったです。各所はともかく人がいなくていっぱいいっぱい。来場者を扱いきれず、来場者は一方的に我慢していた。必死に対応する現場のスタッフは可哀相でした。できれば次回も行きたい。そしてステージ以外でもeco-resoしたイベントとなっているのを見たい。そして舞浜はゲストの意識の高さを生めたらもっともっと素晴らしい場所になると思いました。


舞浜って、運営レベルが高い。連日営業と、1日限りのお祭りの違いはあるとは想います。それを加味してもなお、世界中の企業・組織からお手本とされるほどに高い。
その運営レベルの高さに、我々客側が甘えてしまってる部分が、多々あるような気がしてます。
甘えてしまう結果、夏フェスで舞浜狂さんが味わった種類の、深い満足や充実感を味わい損ねて居る。逃しちゃってる。

そして、本当は。
1日限りのお祭りではないからこそ、連日営業だからこそ、運営側と客側の一体感が、夏フェス以上に深まる・・・なんてことが起せるはず。

実は。
舞浜には既に、そんな素敵なゲストがたくさん居ます。
「あぁ、楽しむことの達人だなぁ」って人達が、目立たないけれど、たくさん。
小さなお子さんにすっと場所を譲ったり。落ちてるゴミをさっと拾ったり。にこやかな顔で、おだやかに歩いてる。
そんな姿に、そこここで出会います。
>お互い楽しめるようにうまく場所を動いたり
こんな場面も、僕はよく見かけます。
舞浜の素敵な空気は、そんなゲストたちに支えられている。
僕も、そういうゲストでありたいな。 いや、つい必死に競歩したりするんですが(^^;


舞浜が、夏フェスが、ショーが、出演者が、僕を幸せにしてくれる・・・わけではない。
僕のこころが響くから、幸せになっちゃう。
「楽しむことの達人」たちは、響きを豊かにすることを知っているのでしょうね。

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コメント

「お客様は神様です」は三波春夫師匠でしたっけ? これは「芸能は神仏への奉納で、客席には、神様の化身としてのお客様の姿を見る」の意味だったとか。

「お客様はゲストです」customer(顧客)ではなく何故にguest(賓客,来賓)なのか?
ま、あまり深く考えてる人は少ないみたいですけど。

投稿: KoZ | 2006.07.21 11:32

KoZさん、端的で核心を突いたコメント、ありがとうございます。

>芸能は神仏への奉納
おぉっ!そうでしたか。
レジェンド・オブ・ミシカは、まさにこれがテーマですね。あ、ミニー・オー!ミニーもそうだ。
芸能は、楽園をこの世に現出させるもの。そんな言い方もできるのかもしれません。

観客である私たちは、しばしば、「神様の化身としての出演者」を観ますね。時には、出演者そのものを神であるかのようにあがめる人も(^^;
でも、凄く深いショー体験をしたときのことを想いかえすと・・・出演者のみならず、他のお客さんやスタッフを含めた、空間全体に意識を向けている。空間全体に神様の化身を観てる、と言ってもいいかもしれません(^^)。
芸能の神に、最高の瞬間を捧げてる。そのとき、すべてが、神の化身になってる。そんな感じ。
出演者だけに、神の化身を観てたんじゃ、あかん。そんな感じ。

>customer(顧客)ではなく何故にguest(賓客,来賓)なのか?
大半の企業は、ようやく「消費者」という言葉を「顧客」や「お客様」に言い換えようとしてる段階に至りつつありますね。
で。
「顧客」満足のお手本で在り続けているディズニーのテーマパークは、はなっから「顧客」などとは呼ばず、「賓客・来客」と呼んでいる。
面白いですよね。

投稿: BigLove | 2006.07.23 00:37

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