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2005.01.31

おかえりなさい!リズム・オブ・ワールド

リズム・オブ・ワールド2005 スニーク公演が先程1/31 12:30から行なわれました。始まるまでは、期待と不安でどきどき。でも、ジャミターズ登場でもう、わくわく。とても楽しい公演でした。詳細は後程。17:10にも予定されてます。


さて、帰宅したので詳細レポを(^^)

不安というのは「俺、再演楽しめるかなぁ・・・」

思い出を脳内で美化してしまってないかなぁ・・・
昨年2ヶ月の期間中、どんどん練れていった盛り上がり。終盤のあの雰囲気を、今年しょっぱなからってわけにはいかないかもなぁ・・・
逆に、昨年のショー体験が、すっかりからだに沈着・熟成しちゃってて(^^;もはや、おなじことやられても、新鮮味を感じなかったりして・・・

杞憂でした(^^)素晴らしかった。


構成も曲も、おおむね昨年と同じ。
でも、しっかりぐっと良くなってます!「世界のリズムがひとつになる」というテーマが、一層わかりやすく体感できる。中央アメリカの曲もぐっと素敵になった。金色テープが使えなくなった分、ちゃぁんと工夫されてます。
そして。おおむね昨年と同じだから、ゲストの反応がいい!どう手拍子するか、どこを振り向けばどのチームが待機してるか、次にどんなことが起こるか、体が覚えてる(^^)
ダンス参加率、すこぶる高いです。手拍子も盛大。

ショー開始直前、ツインドラムスが緊張の面持ちで、伸縮看板のうしろに待機。たくさんのゲストが、手を振ったり、親指立てたり、こぶしを握ったり、期待を込めたまなざしで見つめたり。
4大陸チームも、どのタイミングで来るか、みなわかってるから、待機ポジションに入るなり、熱いまなざしが注がれちゃう。
ゲストの熱い期待が、出演者にひしひしと伝わってて。武者震いしてるひとも居ました!

昨年積み上げた財産がそのまま活き、その上に、再会の喜びが乗っかって。とっても素敵なひと時だったなぁ!!!


17:10の回は、入退場口付近の立ち見で観ました。
キャラクターが舞台下・入退場口周辺に下りてきてくれなかったり、他大陸の出番をがんがんに盛り上がげてたパーカッション隊が、ぷつんと演奏をとめて自分の出番に備えなきゃいけなかったり・・・と、出演者の動線は、も少し練れるといいなぁ。明日の本番では、改良されてるかな?去年だって、回数を重ねる中で、キャラクターがエグザイルやってくれたりとか、いろいろ遊びを加えてくれましたもんねぇ!きっと今年も。


なにやら、NYエリアに各大陸のパーカッション隊が同時に登場し、あちこちで演奏を繰り広げるアトモスフィアショーもあったそうで。かなぁり楽しかったそうです!
ブラストチームも、ミッキー広場あたりで演奏してるのかなぁ?・・・引き上げていく彼らと、ミラコスタ通りですれ違いました。

あ、青髭さんとこ経由で、ホッシーさんの写真レポ STARWELL-Blog【Hoshicolu!】: リズムスニーク を発見!年パス購入、おめでとうございます!!!


カナコさん、ホッシーさん、トラックバックとコメントありがとう!いよいよ始まりましたねぇ(^^)
2/1初回は、会場外も、もう最終回なんじゃないかという盛り上がりだったとか。私も2回目をTOT側の場外から観たのですが、次回待ち列のゲストも含め、ほぼ全員踊ってました!

昨日・2/2はアジアエリア・舞台前に着席できました。
車椅子優先席が設定されているので人数は少ないのですが、席周囲のスペースが広く、ダンスタイム以降はもう踊りまくり!大いに楽しめました。
友人たち多数が、タンバリンを購入したのですが、手拍子以上にいいですよ!次回は買おうかな?僕はミッキーミラーボール型の光るマラカスを使いました。これもなかなか楽しいです。
アトモスフィアショーはかなぁり楽しそう。次は是非観たいなぁ。

2/4 アトモスフィアショー、アフリカチームを鑑賞。ゲスト参加、踊ってるうちにどんどん熱くなります。決まった振りからフリーダンスに入っちゃうんだけれど、ちゃんとぐりんぐりん踊ってる!ナイス!!!
17:10の回、「じゃぁーんぷ!」しすぎて鍵束と年間パスポートをぶちまけてしまいました(^^;;;
ミニタンバリン買って、19:10も参加。


以下、(5/11追記)の部分は、描きたいことが膨らんだので、新規記事を起こして転記ました!
ありがとう!リズム・オブ・ワールド2005

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2005.01.29

観客と劇場体験

ウォルト・ディズニーが、ディズニーランド開業前、ほぼ出来上がった施設を見回しながら語った・・・という言葉を思い起こさせる記事に触れました。

映画を観に出かけたら、そこはと~っても小さな劇場だったんだそうです。

そのとき座席についたぼくの前方にあったのは、80~90型クラスのスクリーンなのだ。ホームシアターに凝っているような方なら、100型超クラスのプロジェクタスクリーンを特別大きなものとは思わないに違いない。それをさしひいても、このスクリーンは小さく感じた。
 劇場は満席だった。リアプロジェクターによる予告編の上映が始まると、最初のうちはスクリーンの小ささに対する不満の声が聞こえはしたものの、いざ、本編が始まると、そこに偶然居合わせることになった44名の観客は固唾を飲んで、こじんまりとしたスクリーンに投影される純愛ストーリーに集中した。ぼくも、最前列に座っている、ちょっと背の高い男性の頭でスクリーンの左下がケラレるのを気にしながらも、スクリーンを注視し続けた。あちこちからすすり泣きがきたりもする。そこに居合わせた観客の息づかいを体で感じるのだ。


●メディアの未来とレガシーコンテンツ

 ホームシアターなら、この劇場よりも、もっとリッチな環境で映画を楽しむことができるかもしれない。けれども、そこに偶然居合わせた観客の一体感のようなものは得られるかどうか。トイレのために席をたつのも自由なら、携帯電話が鳴れば一時停止ができる。しかも、スクリーンやオーディオは劇場よりも立派とくれば、そっちで見る方がよさそうなものだが、実際にはどうだろう。

 ぼくは、この日払った1,300円で、けっこう多くのものを学んだように思う。映画館は空間を売る商売だとは思うが、その空間は、設備だけではなく、そこに居合わせた観客がいっしょに作るものなのかもしれない。その一蓮托生の共同体意識は、800座席の大劇場で得られるものとは異質だった。毎回というのは正直なところちょっと躊躇するが、たまにはこういうのも悪くはないと感じたのだ。
山田祥平のRe:config.sys:メディアリッチの領分


自分と映像とが、1対1の関係で結ばれる。それがホームシアター。
でも、映画館では、多対1。それだからこそ味わえる体験がある。
映画でさえ、そう。ましてや、生身の人間が演じるライブショーならば。観客の反応に、演じ手が影響を受け、その場、その瞬間ならではの輝きが生まれもする。

たとえば、こんな風に・・・


ポルトパラディーゾもいよいよ最高の盛り上がりを見せる。参加タイムではもう、本当に楽しかった。友達は相変わらず笑い死にしている。
本来は、こういう盛り上がるショーなんだよなぁ。でも、今までこんな盛り上がっている「本来の姿」は見たこと無かった。ポルトパラディーゾの楽しみはこの文具屋さん周辺に水曜日に来れば分かる。
最後にパイロも上がって、完全バージョンが見れた。終わった頃には太陽も出てディズニーマジック。

この光景は忘れられないな。
STARWELL-Blog【Hoshicolu!】: キャスティングサテライト&みゅさんとポルト鑑賞


空間は、そこに居合わせた観客がいっしょに作るもの・・・ってことを、よーく知ってるからこそ、こんな事が起こる。
よーく知ってるから、みゅさんたちの振る舞いは、こんな風です・・・

さっき予想したとおりの人だって書いたけど、予想した以上に、礼儀の正しい人でもあった。
れあサイトを一見見ると面白いだけじゃなくて、ちょっぴり過激な部分もある。そこがれあサイトの良さでもあるんだけど。
でも、実際にはとても律儀で、盛り上がる時は盛り上がる!とてもうらやましかった。ディズニーパークの楽しみ方が非常に良く分かっているようだ。
STARWELL-Blog【Hoshicolu!】: キャスティングサテライト&みゅさんとポルト鑑賞

一方で。こんな話をちらほら耳にします。


僕が2年前(年パスの頃)、ランドで目撃してきたいわゆる常連の冷たさ。違反や他人をまったく考えない人達…。そんな常連のイメージが嫌だった。(自分も良くディズニーランドに行っていたから、傍から見れば僕もその一人に見えるんだろうなぁって)
でも、みゅさんや、その親友の方を見ていると、とにかく明るく、もちろんの事ながら人に迷惑をかけない。
これがファンらしいファンだな!とちょっと感動してしまった。
そう、大切なのは、パークを楽しむ心と、人間として人を思いやったり、迷惑をかけないことなんだ。みんながみんなそうなればいいな。
STARWELL-Blog【Hoshicolu!】: キャスティングサテライト&みゅさんとポルト鑑賞

僕自身は、パークにおいて、見知らぬゲストから親切にしてもらった想い出が、たぁくさんあります。山のように。
そして、常連の冷たさを目撃したことは、ほとんど無いんです。話はいろいろ聞くのですが・・・・・。

ただね、まるでホームシアターでビデオを観ているかのように、
 自分ひとり 対 舞台
 自分達のグループ 対 舞台
という楽しみ方をしている人は、しばしば観かけるかなぁ。
それもひとつの楽しみ方ではあるわけですが、ちょっと勿体無いな・と感じることはあります。
ほんのすこし、執着を手放して、意識をひろげれば、なんにも損なわれること無く、楽しみが膨らむのにな・・・って。

親切にしてくださったゲストって、空間全体を大切にしている。
その心くばりが、ショー体験を深くて印象的なものにしてくれる。
それがわかっているひとびとって、実はたぁくさん居る。

迷惑をかけない・・・というのはなかなか微妙で。「ああしたい」と「こうしたい」はしばしばぶつかりますよね。
でも、根底的に大切にしたいものって、人間、そうは違わない。それをきちんと観ているか、見失っているか。

親切にしてもらった、たぁくさんの想い出。
なにをしてもらったか以上に、その優しい気持ちそのものが、僕たちを幸せにしてくれた。
そして、僕たちが他のゲストになにかしら役に立てたとき、それがまた僕たちの幸せを大きくしてくれる。

人生は、協力し合ってより素晴らしいものを創造するためにある。
奪い合うためにあるのではない。
だって、人の情熱という資源は無限。奪い合えば枯渇するけれど、協力し合えばいくらでも湧き出でる。


さて、冗談から駒。
鹿軍団があるなら、馬も揃えなきゃ・・・・・と、馬軍団ステッカーってのを、ナイト隊長にお願いして、創ってもらいました。このステッカーがカッチョイイ!!!
そして、パークで素敵な劇場体験を創造するためには、こんなことが大切かなぁ・・・と想うことを、”おやくそく”にしてみました(^^)
”このおやくそくは俺のものだ!”と想っていただける方、どうぞご自由にステッカーをお使いください。
鹿軍団ステッカーSP1も、どぞよろしく!

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2005.01.24

海と街と王国と:東京ディズニーリゾートで学ぶ

海と街と王国と:東京ディズニーリゾートで学ぶ
遅ればせながら、東京ディズニーリゾート公式HP:体験学習プログラムのご案内へのトラックバックありがとうございます!

多分本来、学び=遊び なんだと想うんです。
例えば缶けりひとつ撮ってみても、ルールを学び、駆け引きを学び、人間関係を学び、身体能力を高め(^^)。

学ぶとは、未知未踏の領域に踏み込むこと。
なにかしらそういうチャレンジングな要素があるからこそ、遊びは楽しい。ディズニーのテーマパークって、そんなことを僕に思い出させてくれます。

TDRで遊んだあとって、僕は必ず、なにかしらを得ています。学んでいる。
たとえば、空の美しさをより深く味わえるようになった・・・そんな些細な、でもとっても素敵なことだったり。
僕にとってTDRは、最高の体験学習の場。いろんな要素が細部にわたって込められているから、気づきさえすればいくらでも発見がある。

世界史、そして文化史と絡めながらパークを歩く。あるいは音楽が好きな人向けにアトモスフィアやエリアミュージックなんかを聴いて巡るコースとか。花や植物に興味がある人、建築やデザインに、ショービジネスに、などなどあらゆるコースが作れそうな気がします。それぞれ好きなコースを選択して半日ほどガイドさんの話を聞いて歩いてみればとても充実した日が過ごせると思うんです。
大賛成!!!きっと、そんなコースを体験した人は、以後パークを歩くだけで、教わらなかったさまざまのことにも気づくようになることでしょう。やがて、パークの外でも。あっ、こんなところにこんな様式の建物が・・・こんな花が・・・あそこに鳥が・・・このお手洗いはこんな工夫がしてあるんだぁ・・・ こういう勘の鋭さ、人生を豊かにしますよぉ。


教師時代を反省…から

テーマパークの仕事に関係するようになって、
教師時代を反省することが多いんです。

特に修学旅行と、学校祭。

はぁ~、なんてバカだったんでしょう。

あんな勉強に良い機会を、
『息抜き』くらいにしか考えていなかったとは…

(中略)

はぁ…、もうちょっと頭柔らかくして、
教員やってればよかったなぁ…。


万博とか、カウンティフェアとか、現代のレジャーの源流は「学び」にあったりするみたいですね。
今・表面に見えているものだけでなく、固定化されたイメージだけでなく、その背後にあるものをどれだけ深く大きく感じ取れるか。そんな教育が、これからどんどん大切になってくるのではないでしょうか。
ぜひ、携わっておられるテーマパーク、成功させてください。中国はそういった教育手法が大切になる時期に、今、来ていると想います。80年前のアメリカや、20年前の日本の様に。

本気で生きているかた独特のエネルギーに満ちた、とっても素敵なBlogです。
ひとつ気になったのは、”学習”という意味で”勉強”という言葉を使って居られる事。想い出した体験を、勉強と学習は違う という記事にまとめました。この混同って「学び嫌い」を生み出す一因になってるように想うんです。

dstyle:daily news feed for disney-phile: 修学旅行生は東京ディズニーリゾートを目指すから

#もしマジで東京ディズニーリゾートに行く先生が、事前学習させたいって話であれば、出来る範囲で相談に乗るよ。ここに捨てメアドでいいから連絡先明記の上コメントください。

あぁ!mtakeshiさん、最適のアドバイザーだよなぁ・・・。
いっそ「ディズニー7つの法則」の架空ツアーみたいな半公認私設教育ツアーを、mtakeshiさんを講師に開催なんて楽しいかも(^^)

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2005.01.23

STARWELL-Blog【Hoshicolu!】を読んで:素敵な時

STARWELL-Blog【Hoshicolu!】: ノリ方なんて人それぞれ
そう、ノリ方なんて人それぞれ。僕という一人の人間だって、大騒ぎすることもあれば、微動だにせず聴き入ることもある。
踊るか・踊らないか・・・なんて、どちらでもいい。
素敵な時を紡ぎだす気があるか、ないか・・・が大切なんだと、僕は想う。

手法はいろいろある。素敵さも多様。
「素敵な時を紡ぎだす」狙いさえ持っていれば、どんな環境下でもどんな手法でも、素敵な時は創れちゃう。
・・・極限下での事例って、たくさんありますもんねぇ。

「踊ったほうが素敵」と見えているのに、人の目を気にして踊らない。
「踊らないほうが素敵」と見えているのに、周りに流されて踊っちゃう。
どちらも多分、つまらない。

もし幸せになりたいなら、なすべきことはただ一つ。素敵な時を紡ぎだす。毎瞬。柔軟に、より素敵に。


STARWELL-Blog【Hoshicolu!】: 悲しみを乗り越えて

今時分にできることといったら、楽しく生きることと、感謝することなんだと思った。

僕も父を亡くし、友を亡くし、同僚を亡くし。以来、大きな喜びと、悲しみと、感謝とを、いつも同時に感じているような感覚があります。

全てのものは移ろいゆき、形あるものはいつか消える。
亡くなった人達は、今も私に影響を与え続けている。でもその私も、いつか消える。何億年かすれば、地球だってきっと消えちゃうんだろう。
幼いころは、全てがそうして移ろい消えてしまうことが怖かったけれど、今は切なさと暖かさが入り混じったような、愛おしさを感じます。不思議。

果てしなく大きな移ろいの中の、あるちいさな一部分を、自分が担っている。ならばそれを、しっかり味わって、輝かせたいなぁ。今この一瞬が実在しているという奇跡に感謝しながら。そう生きる以外、選択肢はなにもないのかもしれませんね。そんな生き方を音にすると、たとえばジャズになるのかも。


柔軟に、より素敵に、次の瞬間を紡ぎだす。たとえば、ジャズのアドリブや、振り付けのないダンスも、そう。
大きな移ろいの中の、多様な輝きがTDRでは垣間見える。
だから僕はそれらに惹かれるのかな。

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2005.01.13

HRP-2、人間と一緒に会津磐梯山を踊る

HRP-2、人間と一緒に会津磐梯山を踊る
高校のとき、総合学習(既存の教科の垣根を越えた横断的学習の試み)の実験授業で「言語」という科目がありました。これが面白かった!
最初に、「言語とは何か」について考えさせられました。咳は言語ではない。でも、くしゃみは実は言語。実はわざわざ「はっくしょん」と発音しているんだそうです。他の発音でもくしゃみ可能。実際「えいくそ」ってくしゃみされる人も居られますね(^^)。咳も「ちょっとちょっと、それ以上しゃべっちゃうとまずいぞ」・・・なぁんてふうに意味をもたせて故意にする場合は、言語といえるかも。
暗号は・・・言語。のろしもそう。アフリカで使われていたトーキングドラムも。案内標識についてるピクトグラムも。ブロックサインや手旗信号も。
ならば一般的な音楽は?絵は??踊りは???フラダンスやバリの踊りなど、振り付けに明確な意味を持たせている踊りもあるようですね。それらは言語といえそう。それら以外の音楽や絵画や踊りからも、われわれは「意味」を感じますよね。悲しみだったり、喜びだったり・・・音声言語を超えた何かを。
それは言語ではないのか・・・というよりも、それを「言語」と認識できる手法を人類が発見できるのか・ということが問いの本質なのかもしれません。心理学においてフロイトが「無意識」という概念を発見し、構造を見出したり言語化したり叙述したりできるようになったように。

 池内教授は、「ロボットの動きに合わせて動きを作ったのではなく、人間の踊りを観察し、特徴を自動抽出し、踊りの特徴を保持しつつ、ヒューマノイドロボットの動きを自動生成した点、そして人間と共演を実現した」点を強調した。これによってヒューマノイドロボットの問題点も明確化するし、新たなメディア芸術の可能性も出てくるという。

 ロボットと人間は関節自由度も関節速度も違うため、まったく同じにはなりようがない。もともと、人間同士で踊りを真似るときでも同じ問題がある。だが、身長や体重が違っていても、あるいは身体にハンディキャップがある人でも踊りは踊れる。それは人間が、踊りの本質を抽出しているためだと考えられる。

バーチャルリアリティ(以下VR)の研究者は、それをどう実用に供するかのみならず、人間そのものへの理解を深めることに関心を持っている・または、関心が深まるようです。人間はなにを感知し、どう認識し、どう意図を組立て、どう動いているのか。それが観えてくる。PC WatchのVR関連記事は、VRのそういった側面にも触れていて、いつも興味深く読んでいます。

人間への理解が高度化するにつれ、映画もショーもアトラクションもテーマパークも高度化します。技術的にも、演出も、運営面でも、コンセプトも。これまでもそうでした。そしてこれからも、きっと。

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2005.01.10

TDR三昧 開設1周年

このTDR三昧、開設1周年となりました。早いなぁ・・・。とはいえ、1年前というと、リメンバー・ザ・ドリームがこれから始まろうという時期だったわけですよね。もうずいぶん前のことのような気が。あれで体感記憶の威力を思い知り、以来、たくさんのすばらしい体験と、いろんな発見がありました。

Blogって一体どんな感じのもんじゃらほい・・・それを知りたくって、手探りで始めました。HPとも掲示板とも違う面白さがあるなぁと、今思っています。
完璧に自己満足、備忘録として自分のために書いてるような記事ばかりですが、予想をはるかに超えて、たくさんの方が訪れて下さり、正直びっくりしました!ありがとうございます。オンラインでのいろんなやり取りが生まれるのみならず、オフラインでも。掲示板とはまた違ったコミュニケーションが生まれますね。自分の内側でも、より深い探求や発展や整理が起きたように思います。

テキスト情報のみの、異色のディズニーサイト(~^) として運営してきましたが、我が家にデジカメが登場したことですし(所有者は次男ですが)、2年目は、画像も入ってくる・・・かも。
日々の行動記録や走り書きは、はてなダイヤリーの”BigLoveの日記”へ、まとまった記事をこちら”TDR三昧”へというスタイルが固まってきていますが、クリスマスシーズンは、あまりTDRへ行かないせいもあって、このところ”TDR三昧”は記事upペースが落ちてますね!
イベントごとに、感想記事くらいは書こうかなぁ・・・いやいや、気が向くまま、時にはぼちぼちと、時には怒涛の勢いで、運営していきましょう。
こんなサイトですが、よろしければこれからもどうぞよろしくお願いいたします!

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