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2005.01.13

HRP-2、人間と一緒に会津磐梯山を踊る

HRP-2、人間と一緒に会津磐梯山を踊る
高校のとき、総合学習(既存の教科の垣根を越えた横断的学習の試み)の実験授業で「言語」という科目がありました。これが面白かった!
最初に、「言語とは何か」について考えさせられました。咳は言語ではない。でも、くしゃみは実は言語。実はわざわざ「はっくしょん」と発音しているんだそうです。他の発音でもくしゃみ可能。実際「えいくそ」ってくしゃみされる人も居られますね(^^)。咳も「ちょっとちょっと、それ以上しゃべっちゃうとまずいぞ」・・・なぁんてふうに意味をもたせて故意にする場合は、言語といえるかも。
暗号は・・・言語。のろしもそう。アフリカで使われていたトーキングドラムも。案内標識についてるピクトグラムも。ブロックサインや手旗信号も。
ならば一般的な音楽は?絵は??踊りは???フラダンスやバリの踊りなど、振り付けに明確な意味を持たせている踊りもあるようですね。それらは言語といえそう。それら以外の音楽や絵画や踊りからも、われわれは「意味」を感じますよね。悲しみだったり、喜びだったり・・・音声言語を超えた何かを。
それは言語ではないのか・・・というよりも、それを「言語」と認識できる手法を人類が発見できるのか・ということが問いの本質なのかもしれません。心理学においてフロイトが「無意識」という概念を発見し、構造を見出したり言語化したり叙述したりできるようになったように。

 池内教授は、「ロボットの動きに合わせて動きを作ったのではなく、人間の踊りを観察し、特徴を自動抽出し、踊りの特徴を保持しつつ、ヒューマノイドロボットの動きを自動生成した点、そして人間と共演を実現した」点を強調した。これによってヒューマノイドロボットの問題点も明確化するし、新たなメディア芸術の可能性も出てくるという。

 ロボットと人間は関節自由度も関節速度も違うため、まったく同じにはなりようがない。もともと、人間同士で踊りを真似るときでも同じ問題がある。だが、身長や体重が違っていても、あるいは身体にハンディキャップがある人でも踊りは踊れる。それは人間が、踊りの本質を抽出しているためだと考えられる。

バーチャルリアリティ(以下VR)の研究者は、それをどう実用に供するかのみならず、人間そのものへの理解を深めることに関心を持っている・または、関心が深まるようです。人間はなにを感知し、どう認識し、どう意図を組立て、どう動いているのか。それが観えてくる。PC WatchのVR関連記事は、VRのそういった側面にも触れていて、いつも興味深く読んでいます。

人間への理解が高度化するにつれ、映画もショーもアトラクションもテーマパークも高度化します。技術的にも、演出も、運営面でも、コンセプトも。これまでもそうでした。そしてこれからも、きっと。

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